ふとんの石堂/ブログ

  • 25年ぶりに帰ってきた夫婦座布団

    25年前、大将が綿入れした夫婦座布団が仕立て直しで帰ってきました。
    大将曰く「これは僕が綿入れした座布団だ。うんうん、いい座布団だ(*^_^*)」
    自分が仕立てたふとんは、側生地が付いた状態でも分かるし、裸にすると確定するみたいですね。
    中綿は流石にペッチャンコですが、均等に綿入れがしてあることが  側生地を外して中綿を裸にするとよく分かります。

    表生地は、座布団カバーを自分で作って使っていらっしゃったので、生地の傷みが少ないのでクリーニングして、中綿は打ち直しして、仕立て直ししたら新品のようになりました。
    「もう一度お嫁に行ける(*^。^*)」とお客様から満面の笑顔をいただきました。

  • 綿の栽培日記

    (((和綿の栽培日記)))

    台風20号、21号と綿たちにとって大変な試練でした。
    大きく実った綿の実は、ただの一つも落ちることなく頑張っています。

    暑さもピークを越え、朝晩は秋らしい風が吹き、日中の日差しも傾いてきました。
    もう綿の成長もこの辺まで。
    これからは実がしっかり熟していくように、枝の先端を切ってみようと思います。(正解かどうか分かりません)

    剪定の時、間違って綿の実まで切ってしまいました。
    ゴメンね。

  • 身体にあった寝具を使ってますか?

    最近の若者は、背の高い人が増えてますよね。
    そこで、我が家のエピソードを恥を忍んでご紹介します。

    中学生になったら子供部屋で一人で寝るようになった長男・次男君。
    どんな寝相で寝ていることか親は知る由もありません。
    朝、起こしても起こしても返事ばかりで起きてこない!!
    子供部屋のドアを開け  大声で「good  morning!!」と告げることしばしば。
    母は我が子の寝ている姿をその時だけしか見ることがありませんでしたね~。
    この子はいつも「くの字」に寝ているな~
    これがこの子には安眠のスタイルなんだな~
    と、丸くなって寝ている姿を見てそう思っていました。

    高校生になり、身長も180cm位になった頃、
    「ふとん屋の子供が 長身なのに200cmの普通寸法のふとんに寝てるってあかんちゃう、、、」と思い立ち、早速、220cmの敷ふとんを作り使わせるました。
    そしていつもの朝のルーティーン
    起こしても、起こしても、、、、
    子供部屋のドアを開けて叫ぼうとしたところ、彼はまっすぐ上を向いて寝ています。
    あれ、上を向いて寝てる、、、

    つまり彼は、まっすぐ寝ると足が出て安眠できなかったので「くの字」になって 体をふとんの上に収めていたということです。

    お客様には、いろいろアドバイスをしていながら大事なわが子のことに 気が付かなかった、「灯台下暗し」とはこのことです。

    健康の元は 質の良い睡眠にあります。

    大切な人が安眠できる寝具を 今一度見直す機会を作ってください。

    画像は 100×200cmと100×220cmの敷ふとんです。

  • おばあちゃんの話

    ふとんの石堂初代夫人、つまり大将のおばあちゃん。明治44年生まれ。大正、昭和と丹後は好景気で湧き上がっていたらしい。おばあちゃんの親元もふとん屋で、一人娘のお嬢様だったとか。おじいちゃんと結婚後40歳頃、独立してふとんの石堂の初代の始まりである。

    初代の苦労は、三代目の私たちからは想像もできないほどのご苦労があったことだろう。おじいちゃんはどちらかと言うとゆったりした人だったので、おばあちゃんが働き蜂のようだったそうだ。お嬢様だったおばあちゃんなのに、そうなんだー。

    90歳までマドンナの窓で仕事をしながらマドンナを勤め、92歳の秋、あっという間におじいちゃんの元に行ってしまった。

    初代の気持ちを忘れないことと、おばあちゃんっ子だった大将の心のお守りに  いつでも見られるタピスリーにした。90年ほど前の絹の絣の着物と羽二重の帯。

     

  • おばあちゃんの帯と着物

    明治44年生まれだった主人のおばあちゃんの着物と帯でした。絹の紬の着物に羽二重の夏帯なんて当時では高級なものだったでしょうね。ほぼ90年くらい前の生地になります。キルトしてタピスリーにしました。

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